此点について其の道の人達が如何に、タコに海老に・・・
此点について其の道の人達が如何に考へているのか不審に堪へないと思うことがしばしばある。
「羽衣」の天女が強い裸電球の並列の下で、額の下に眼を凹ませて立つているのは甚だ美でない。又その錦繍の装束があまり輝き過ぎて縹渺の気韻を殺している。
能面の彫刻美について殊に興味のあるのは、それが賢聖や偉人の面に限られず、むしろ多くは煩悩に満ちた俗界の平凡人の面であり、しかもそれを美の領域にまで高めるほど深い彫刻的究明を行つている点である。
これほど彫刻的である能の姿は、そのためか屡彫刻家によつて彫刻せられる。しかし能の彫刻像にろくなものはない。能が既に彫刻である以上、それを更に彫刻に刻む時、製作の余地がなく、その彫刻は人形の意味しか持たないようになる。再芸術は低くしか成立しない事を立証する一例と見る外はない。